文法用語の解説

名詞に関する用語

文法における数(すう)とは, 例えば人やモノの数によって語の形が変化する言語において, その変化のしかたを決める指標のことを言います. 例えば英語で, 1 つのものに対して単数形を, それ以外のものには複数形を用いたり, 1 人の少女が泳ぐことを表現するとき “The girl swims fast.” のように動詞 swim が 3 人称単数現在形 swims に変化したりすることに相当します. 数は語形を決めるパラメーターのひとつなのです. 特に本冊子で紹介するヨーロッパの 6 言語では, 数のパラメーターによって名詞や代名詞, 形容詞, 冠詞, 数詞, 動詞などが変化します (数詞が数によって変化するなんて変だと思われた方へ. 例えばロシア語には 1 を意味する odin の複数形 odni というものがあります. 「クリスマスに一人ぼっち」は "я один ja odin", 「クリスマス,カップルで二人きり」は "мы одни my odni" です.) .

ここまでの説明で 「なんだ, 要は単数・複数の区別のことじゃないか」 と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか. 実は, 世の中には単数・複数以外に双数や三数という区別をもつ言語もあります. 双数は字のごとく2つのものを, 三数は3つのものを表現するときに使います. 特に双数はアラビア語やスロベニア語, 古典ギリシア語, サンスクリットなどで見られます. またロシア語は, かつて双数の区別をもっていた名残で, 1, 2~4, 5 以上という分類により後ろの名詞を変化させます (ロシア語を参照のこと) .

文法における性とは, 名詞の分類のひとつで, 数と同じく関係する語の形を決めるパラメーターとなります. 例えばドイツ語の不定冠詞 (英語の a, an) は, 男性名詞に対して ein, 女性名詞に対して eine という風に, 性によって語形が変化します.

チェコ語では過去時制において動詞の語尾 -l, -la が主語の性によって変化します.

日本語にはこのような区別がないため感覚が分かりにくいですが, 例えばりんごに対して「個」, 鉛筆に対して「本」, 犬に対して「匹」というように名詞ごとに助数詞 (数え方) を使い分けることと少し似ています.

ところで, 「性」という呼び方は一体何なのでしょうか. しばしば, 性という言葉に惑わされて 「なんでものに性別があるんだ」とか 「なぜフランス語の pomme (りんご) は女性なのだろう」, 「ロシア語で gora (山) が女性名詞であるのには何か自然信仰的な意味があるんじゃなかろうか」などと勘繰る人がいます. 少なくともインド・ヨーロッパ語族の言語では, そのようなことはありません. 名詞の性は言語によっては生物学的な性と一致しないこともありますし, 非生物名詞の性は大抵の言語では語彙的意味によらずランダムに決まっており, 特別な意味はありません. 性の概念は, 文法の上では単なる名詞の分類です. この点をぜひ頭の中に入れておくと良いでしょう.

格とは, 名詞や代名詞が文の中でどのような意味, 他の語との関係をもっているのかを示す目印のことです. 具体的には 主語 (~が), 目的語 (~を, に), 所有 (~の), 場所 (~で), 手段 (~によって), 呼びかけ (~よ) などを表す目印で, 英語の I-my-me もその一例です. 格もまた, 性や数と同じように関係する語の形を決めるパラメーターとなることがあります. 例えばドイツ語では,

という風に格によって名詞 Mädchen の他に定冠詞 das と形容詞 niedlich も変化します. 格の目印は名詞の語形変化で示されることもあれば 前置詞や後置詞, 語順によって示されることもあります. 語形変化による格の標示は古典ギリシア語やラテン語, ロシア語, ドイツ語などでなされ, その変化のことを格変化と呼びます. 英語やフランス語, スペイン語, イタリア語は かつて格変化があったのですがほとんど消失してしまい, 代わりに前置詞と語順で格を示します. 後置詞による格標示は日本語や朝鮮語などが当てはまり, 後置詞のことを日本では一般に格助詞あるいはテニヲハと呼びます. 中国語は語順と介詞という前置詞で格を示す言語です.

人称

英語学習でもよく使われる言葉なので知っている人も多いでしょう. 1 人称は話し手, 2 人称は聞き手, 3 人称はそれ以外の人・ものを指します. 特にインド・ヨーロッパ語では人称によって動詞が活用することが多いです. 英語では主語が 3 人称単数のときのみ動詞の語尾 -s が付きますが, 例えばラテン語では主語の人称と数によってそれぞれ活用形があります.

動詞に関する用語

時制 (テンス) と相 (アスペクト)

このふたつは一見すると似た概念です. 時制は発話時点を起点にして出来事がいつ起きたのかを示すのに対し, 相は出来事がどのような時間的局面で起こったのかを示します. 私たち現代人のニュートン力学的時間観念で表現するならば, 数直線の原点 (現在) からの位置に相当するのが時制で, 数直線上の点や線分, 半直線などの分布に当たるのが相です. 点や線分の分布のしかたが同じでも, それが原点から左側にあれば過去時制ですし, 原点とその周辺にあれば現在時制になります.

「相は点や線分の分布のしかたである」という説明ではわかりにくいので例を見てみまし ょう.

a の場合は継続を表していて, b の場合は経験を, c の場合は完了を示しています. それぞれ動作の時間軸上の分布を表現しているのがわかります. 中国語ではこれらの違いを明示します.

ところで実際の生きた言語では, 時制と相は上で述べたほど簡単には分離できない場合があります. 完了相と過去時制がほとんど同一視されることもあります. 中国語のように時制をもたないで相で表現する言語もあります. しかしスペイン語やロシア語, 古典ギリシア語などのいくつかの言語では, 時制と相の区別はかなり重要な問題になってくるので覚えておくと良いでしょう.

法 (ムード)

法とは, 話題の現実との関連を表現する方法を, 動詞の変化に基づいて分類したものです. 話題の現実との関連性を表現する方法全般のことをモダリティ (法性) と呼びますが, そのうち動詞の語形変化を引き起こすものが法というカテゴリーです. モダリティがあっても, それが動詞の変化を引き起こさなければ, その言語に法はないということになります. この用語は掴みどころがなく, 理解しづらいところがあると思われますので, 以下の例を参考にしてみてください. 言語によっては 2 つの法の機能がまとまって1つの法になる場合もあります.


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